2009年4月24日金曜日

県人会会長を務めております、込山純子です〜その2


昨年2008年から、
ロサンゼルス山梨県人会の
会長を務めております、
込山純子です。

県人会再発足と
会長に就任した成り行き、
そして自己紹介を3回の
連載にさせていただき、
少しでも県人会を
ご理解賜りたいと思っております。

二回めの今回は、自己紹介と、
少々の経歴をお話させていただこうか、と思います。

わたくし込山純子は、甲府市出身、
とある材木屋の二女一男の3兄弟の長女です。
湯田小学校、甲府南中学、甲府南高校、県短卒。
旧姓は、福島純子です。
ちなみに、主人も甲府出身、高校の同級生です。

アメリカに来たのは24歳、
家賃月$90、ガソリン1ガロン@34¢、
月給$300という時代でした。
英語も満足に出来なかったため、
いろんな苦労、体験をいたしました。
(たくさんあるゆえ、書ききれませんので、
 興味ある方には、
 県人会でお会いしたらお話差し上げますね)

右も左も分からないこの頃から、
結婚式の場所の口利きを含め、
敬老老人ホームや諸先輩がたには
大変お世話になりました。
先輩方は誰もが、
「お返しは、若い人に」
とおっしゃいました。
今また、その言葉を思い出します。
今、私がこうしていられるのは、
その方々のおかげです、

だから、私もそうありたい、
そうしたい、と思っています。

自分たちの力で生活できるようになり、
お店を持つ身になってからは特に、
山梨県出身と聞くだけで、
親近感を覚え、親しくしてしまう自分がおります。
身内、家族のような気持ちになっている
のではないかと思います。

今やここアメリカでもいろんな人が、
活躍なさっています。
つい最近行われたWBCもそうでした。
日本人としてアメリカで活躍する。
彼らが日本人というだけで、
身内のような、家族のような気持ちになり、
ついつい応援してしまう。
それと一緒ではないかな、と思います。
きっと誰もが、同じお気持ちになられたことが、
あるのではないでしょうか。

(最終回へ続く)

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